美しい、だけじゃない 魅惑の蝶の世界へようこそ

蝶と人間の関係性に魅了されたオーナーのユニークな"民俗館"

幻想的なモルフォチョウが舞い飛ぶ、竹久夢二の絵「お夏狂乱」の立体作品 人形製作は飯山市の人形作家・高橋まゆみ氏



みなさんは蝶にどんなイメージをお持ちだろうか?多くの人は小学唱歌「ちょうちょう」のように、春の暖かい日差しの中、ひらひらと花から花へ飛び回る「美しい・可愛い・はかない」姿を想像するのではないだろうか。そんな蝶をユニークな視点で研究し、小さな博物館を開いた方がいる。蝶の民俗館のオーナー・今井彰さんだ。


蝶を見る人間の視点が面白い


今井さんは会社員時代、中部電力の副社長を務めた故・河内武雄氏の勧めで蝶の採集を始めた。河内氏は子どもの昆虫採集について行ったことがきっかけで蝶採集にのめり込み、出張の際も鞄に携帯用の捕虫網を忍ばせていたそう。子どもの頃はさほど昆虫に興味がなかった今井さんもどんどん蝶の世界に魅了されていくが、次第に生き物としての蝶だけでなく、「蝶と人間の関わり」にも関心が芽生えていく。最初の疑問は「万葉集には蝶が一切出てこない(他の昆虫は出てくる)のはなぜだろう?」と考えたこと。蝶を見る人間の視点が時代毎に変わっていくことが面白く、蝶の標本だけでなく、蝶にまつわる歌や絵、映画などの文化を独自の洞察を添えて展示することにしたため、博物館ではなく「民俗館」としたのだった。

河内氏が生涯に渡って収集した貴重なコレクションも展示


中国では同じような発音の言葉を同じ意味と考える風習がある 蝶の発音は長寿を表す言葉と同じため、蝶も長寿のシンボルとなっている



蝶は不吉?時代と共に変わる意味


万葉集に蝶が出て来ないのはなぜか。今井さんは蝶に関する伝説や民話から、昔の人は蛹から羽化する蝶に再生思想と死者の霊を感じ取り、歌にするのを避けたのではないかと推察している。それに対し、蝶の家紋は平氏が好んで用い、織田信長も蝶の家紋が入った陣羽織を愛用していたことから「再生する」イメージが武将にとっては縁起が良いとされていたと考えられる。

武将が好んで身につけた蝶の前立て



また、大型の黒アゲハチョウを「極楽蝶」と呼ぶ地域が中部地方・特に関ヶ原周辺に集中しており、ルーツをたどると「地獄蝶」と呼ばれていた蝶と同種であることが判明。仮説ではあるが、関ヶ原の戦いの後、戦死者を供養していたところに黒いアゲハチョウが群がり飛ぶ様が、死者の魂を現わしているように見えたため、「地獄蝶」という呼び名が定着した。しかし時代が移り変わるにつれて「地獄」では不吉なので「極楽」に言い換えた、と考えている。このようにネガティブな言葉をポジティブに言い換えることは、日本語にはよく見られることだ。例えば植物のアシ(悪し)をヨシ(良し)、ふぐ(不遇)をふく(福)、梨の実(無し)をありの実(有り)など、枚挙にいとまが無い。

関ヶ原周辺で地獄蝶・極楽蝶と呼ばれている大型黒アゲハチョウ



見るものの想像をかき立てる蝶


入り口を入ってすぐ、目を引くのが青く輝く蝶が舞い飛ぶ中にうつろな表情でたたずむ女性の人形。竹久夢二の絵「お夏狂乱」を立体化した作品だ。1662(寛文2)年、播州姫路で実際に起きた駆け落ち事件がモチーフで、あらましは次の通り。姫路城下の旅籠の大店・但馬屋の娘・お夏は、恋仲になった手代・清十郎と駆け落ちするが、すぐに捕らえられる。清十郎は誘拐容疑に加え、店の金を持ち逃げした濡れ衣まで着せられ処刑されてしまう。それを知ったお夏は狂乱して行方をくらませたという。鮮やかに舞う蝶で夢二が表現しようとしたものは何だったのだろうか?ぜひ実物を見て感じてほしい。この他、映画で蝶が暗喩するものについて独自に考察した展示も興味深い。

築110年以上の土蔵が展示室 扉の鏝絵(こてえ)が見事だ


蝶へのあくなき探究心で精力的に研究を続ける今井さんは、まだまだ知りたいことがたくさんある!と目を輝かせて話してくれた。今後の研究が楽しみだ。


蝶の民俗館

住所  長野県須坂市本上町36 / TEL 026-248-5164

OPEN  4/1〜11/30の金・土・日曜・祝日 9:00〜17:00 

入館料 大人300円 小中学生150円